私のワーキングマザー生活②

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今日は雨ですね。

1日どっぷりと自分を見つめる時間になりました。

 

というのも、壁に貼ってあった私のドリームマップが、

出かけている間に落ちて、しかもその上をルンバに

縦横無尽に踏みにじられるという悲惨な事故が・・・(><)

 

おかげでドリームマップの大幅リフォームの時間になりました。

 

私のワーキングマザー生活の続き。もう15年も前の話です。

 

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産休から育児休職期間合計約8か月を終えてフルタイムで仕事に復帰。

 

その時子どもは生後6か月。

正職員9時18時フルタイム、育児休業中、で、認可保育園入れず。

なんで?と思ったけど、入れないものは入れない。

役所で相談したら、分厚い冊子をどかっとカウンターに置かれて、

ここに無認可の保育園のリストがあるから、連絡先を写して帰れと言われ、

赤子を抱っこした状態で、一生懸命数件メモりました。

なんでホームページに掲載せんのや?と呆れてたけど、

重い荷物もって、赤ちゃん抱っこして、ここで怒っても保育園入れないし、と

言われたままの行動をした。

(この時の屈辱?怒り?が、その後のいちはら子育て応援団設立の

大きなきっかけになったのは間違いない。)

 

その後ようやく見つけた近くの認可外保育園へ。

 

そこはマンションの一室で、赤ちゃんから3歳ぐらいまでの子ども達が

いっしょに過ごす保育園。

初めて保育園に預けた日、母親の不安を察知してか、子どもは

一日中泣いていたそうだ。

お迎えに行ったとき、園長先生からもこんなに長い時間はちょっと・・・と言われた。

 

でも、他にどうしろと??

仕事を辞めろと?

預ける以外の選択肢があるの??

短時間勤務は当時取得できる雰囲気ではなかった。

というか、上司の評価を気にするあまり言い出せなかったし、

保育園が預かってくれるのに、なんで短時間勤務にする必要があるの?

と、当時の私は手負いの獣のように、何に対しても

イライラとしていた。

 

保育園で過ごす時間が長い子どもは、当然、病気、病気・・・。

 

深夜の大学病院へ車を走らせたことは何度あったか。

入院もあった。

 

一晩中点滴につながれた小さな体を、疲れた体でぼーっと

みていた。

 

こんな生活が、いつまでも続くわけはなかった。

 

後から言われたことだが、親戚の医者に言われた言葉は今でも忘れられない。

「一昔前なら育たなかった子だね」

 

その通りだったと思う。

もともと体は丈夫な方ではなかった長男。

赤ちゃんという存在への想像力の無さから、母親自らが、子どもを

過酷な環境においてしまっていたのだ。

 

私は、子どもの命の危機を目の当たりにしてようやく、自分が変わらなくては、

自分の生活を、生き方を変えなくてはならないという事実に気付いたのだった。

 

ここまでいかないと、気づくことができなかったのだ。

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